歌手・今井美樹さんと、ギタリストの布袋寅泰さんは、現在は夫婦としてロンドンを拠点に活動しています。その一方で、二人の馴れ初めには、当時大きな注目と批判を集めた複雑な経緯があります。

本記事では、出会いのきっかけから元妻・山下久美子さんとの関係、離婚理由や楽曲提供の歴史までを整理して紹介します。

今井美樹のプロフィール

今井美樹さんは1963年4月14日生まれ、広島県出身の歌手・女優です。1983年にモデルとして活動を始め、1986年には歌手デビューを果たしました。代表曲「PIECE OF MY WISH」などで知られ、透明感のある歌声と落ち着いた雰囲気で幅広い世代から支持を集めてきました。

女優としてもドラマや映画に出演し、歌手と女優の両面でキャリアを築いてきたことが特徴です。1990年代以降は、自分らしい音楽表現を模索する中で、後に夫となる布袋寅泰さんとの出会いにつながっていきます。

布袋寅泰のプロフィール

布袋寅泰さんは1962年2月1日生まれ、群馬県出身のギタリスト・コンポーザーです。ロックバンド「BOØWY」のギタリストとして80年代の音楽シーンを席巻し、その後はソロや「COMPLEX」など多くのプロジェクトで活躍してきました。

個性的なギターサウンドやライブパフォーマンスで知られ、国内外のアーティストとも共演しています。映画「キル・ビル」のサウンドトラックなど、海外からの評価も高く、日本を代表するロックギタリストの一人とされています。

出典元:HOTEI

今井美樹と布袋寅泰の馴れ初めは?

二人の出会いは、布袋さんのソロライブがきっかけだったとされています。音楽番組への出演時、今井さんは「布袋さんのライブを観に行って、こんなライブをする人が日本にいるんだと思った」と振り返っています。ライブのスケール感や表現力に大きな衝撃を受けたそうです。

その後、布袋さんのツアー打ち上げの場に今井さんが参加する機会がありました。そこで布袋さんが流していた海外アーティストの音源を聴いた今井さんは、自分もこういう方向性の音楽をやりたいと強く感じたと語っています。その音楽的な感覚が一致したことが、楽曲提供の依頼につながる重要なきっかけになりました。

楽曲提供の始まりと「PRIDE」誕生

今井さんはこの人なら自分のやりたい音楽を理解してくれるかもしれないと考え、布袋さんに楽曲提供を依頼しました。周囲のスタッフも驚く決断だったようですが、布袋さんはこれを引き受け、今井さんへの楽曲提供が始まります。

その流れの中で生まれた代表曲が、1996年に発表された「PRIDE」です。

出典元:今井美樹 / Miki Imai

この曲は布袋さんが作曲だけでなく作詞も担当し、ドラマ主題歌として大ヒットしました。恋する女性の揺れる気持ちと誇りを描いた歌詞は多くの共感を呼び、今井さんの代表曲として定着しています。

布袋の元妻・山下久美子と今井美樹は「親友」だった?

ここで重要になるのが、布袋さんの元妻・山下久美子さんの存在です。布袋さんは1985年に山下久美子さんと結婚しており、当時は「ロック界のおしどり夫婦」とも呼ばれていました。

一方で、今井美樹さんと山下久美子さんは、仕事を通じて知り合い、プライベートでも親しくしていたといわれています。互いに悩みを相談するような関係だったという証言もあり、「親友」と報じられることも少なくありません。この「友人同士」という関係性が、後の不倫報道や「略奪婚」という言葉につながり、世間の批判をより大きくした要因になっています。

布袋寅泰と山下久美子の離婚理由

布袋さんと山下さんの離婚が成立したのは1997年頃とされています。表向きには価値観の違いなども取り沙汰されましたが、決定的な要因として語られているのが、布袋さんと今井さんの不倫関係です。

山下さんは後年、自身の著書の中で、夫婦関係が崩れていく過程や、布袋さんと今井さんの関係に気づいたときの心境を綴っています。今井さんの家に電話をかけると布袋さんが出たことなど、具体的なエピソードも記されており、本人にとって非常に辛い経験だったことがうかがえます。

報道や証言を総合すると、山下さんが「今井さんを愛している」と認めた布袋さんの言葉を受け、離婚を決意したとする見方が一般的です。もちろん、夫婦間のすれ違いや仕事のスタイルの違いなど、長い結婚生活における他の要因も背景にあったと考えられます。

「略奪婚」と呼ばれた再婚

山下さんとの離婚から約1年半後、1999年に布袋寅泰さんと今井美樹さんは結婚しました。しかし、この結婚は世間から「略奪婚」と強く批判されました。特に、元妻・山下さんと今井さんが友人関係にあったという点が、親友の夫を奪ったというイメージを生み、今井さんへの風当たりは非常に強いものでした。

当時の一部ファンの中には、今井さんの楽曲を素直な気持ちで聴けなくなったという人もおり、その複雑な感情は現在も完全には消えていません。2020年代に入ってからも、二人の馴れ初めや過去の話題がテレビで語られるたびに、SNSなどでさまざまな意見が飛び交っています。

プロポーズと結婚に至るまで

二人が正式に結婚を意識するようになったのは、布袋さんが前妻との離婚を経てしばらく時間が経った頃とされています。布袋さんは、自身の著書などで、ロンドンでの音楽活動を終えて帰国したタイミングで今井さんにプロポーズしたことを明かしています。

今井さんはそのプロポーズに対し、1年の猶予がほしいと返事をしたといわれています。これは、感情だけで突き進むのではなく、本当に一緒に生きていけるのか、冷静に考えたいという思いから出た言葉だと受け取られています。その後、互いの覚悟が固まり、1999年の結婚に至りました。

結婚後の音楽的パートナーシップ

結婚後も、二人は音楽面で強く結びついています。布袋さんは今井さんのアルバム制作に作曲・編曲・プロデュースとして関わり、サウンド面を支えてきました。2004年のアルバム『She is』、2015年の『Colour』など、夫婦で時間をかけて作り上げた作品も多く存在します。

また、NHK紅白歌合戦で布袋さんがギタリストとして今井さんの歌唱に参加するなど、公の場での“夫婦共演”も話題になりました。プライベートだけでなく、音楽的にも互いを必要とする関係であることが伺えます。

参考サイト:日刊スポーツ

現在の生活と家族

現在二人は長女とともにロンドンを拠点に生活しているとされています。布袋さんが世界を視野に入れた音楽活動を続ける中、今井さんも日本と海外を行き来しながらライブやレコーディングを行っています。

娘さんも成長し、家族としては落ち着いた生活を送りながら、それぞれのペースで音楽活動を続けているようです。過去に大きなバッシングを受けた時期を経験しているからこそ、現在の静かな生活や家族の時間を大切にしている印象があります。

まとめ

今井美樹さんと布袋寅泰さんの馴れ初めは、音楽的な共鳴から始まりました。その一方で、元妻・山下久美子さんとの友人関係や不倫報道、「略奪婚」といった言葉がつきまとう、非常にセンシティブな過去もあります。

当事者たちの気持ちや経験は、外から完全に理解することはできませんが、山下さんの苦しみや、今井さんと布袋さんがその後も長く関係を続けてきた事実など、さまざまな側面が存在します。いずれにしても、「PRIDE」をはじめとする楽曲や、現在まで続く夫婦としての歩みは、日本のポップス史・ロック史の中で大きな意味を持っていると言えますね。