1985年にPL学園高校から、ドラフト1位で読売ジャイアンツに入団した桑田真澄さんをご存知でしょうか?高校時代は清原和博さんと「KKコンビ」として、注目されたようですね。
そこで今回は、努力家として知られる桑田真澄の息子は何人なのか、妻との馴れ初めや家族についても調査しましたのでご紹介していきます。
桑田真澄の息子は何人いる?
巨人のエースとして活躍した、桑田真澄さんの息子は2人。長男と次男について、見ていきましょう。
長男:桑田真樹
1992年8月10日に生まれた桑田真澄さんの長男・真樹さんは、小学生で野球を始めました。中学ではボーイズリーグに所属し、全国大会ベスト16入りを経験。桜美林高校時代に甲子園出場はなく、桜美林大学4年から外野のレギュラーとして活躍しています。
2014年にプロ志望届を提出しましたがNPBでの指名はなく、後にBCリーグのトライアウトを受験。新潟アルビレックスBCに2位指名で入団します。2015年に信濃グランセローズへ移籍し、2017年からは滋賀ユナイテッドでプレーしましたが、2018年に退団しました。
次男:Matt
桑田真澄さんの次男・Mattさんは世間でもよく知られている存在です。美容への関心が高く、独自のビジュアルが注目されたことで「母親は外国人」との噂もありましたが、純日本人。結婚前は、キャビンアテンダントを務めていた真紀さんです。
お嬢様育ちの真紀さんは電車に乗った経験があまりなく、Mattさんは高校入学時に先生から乗車の仕方を教わったというエピソードも。メディアに登場した頃は批判されましたが、ポジティブで優しい人柄であるため、多くの人に応援されるようになりました。
桑田真澄と妻の馴れ初めは?
1991年12月に、元キャビンアテンダントの真紀さんと結婚した桑田真澄さん。2人の馴れ初めについて探ってみましょう。
出会いはどこ?
2人の出会いは、スポーツジムの一角にあるエアロビクスセンター。1980年代後半、桑田真澄さんは巨人の主力として活躍しており、コンディション維持のためにエアロビクスセンターへ通っていました。一方の真紀さんは、当時短大生。キャビンアテンダントを目指しながら就職活動を控えており、体力作りのために施設を利用していたようです。
桑田さんから真紀さんに声をかけ、自然な流れで会話が始まったと言われています。2人の出会いは偶然に生まれたご縁であり、関係を深めていったそうです。
結婚は何歳?
1991年12月に結婚した桑田真澄さんと、真紀さんの年齢はどちらも23歳でした。桑田さんは巨人の一員として実績を積み、公私ともに安定していた時期。一方の真紀さんもJALでキャビンアテンダントとして働いていましたが、結婚を機に退職したとされています。
2人は交際して信頼関係を深め、23歳を迎える頃には将来を意識するようになったようです。当時のプロ野球界では若い結婚も珍しくなく、自然なタイミングだったと考えられます。結婚後は真紀さんが家庭を支え、桑田家を長く支える存在となりました。
桑田真澄の家族仲を調査!
桑田家は4人家族であり、全員とても仲が良いそうです。父親の真澄さんと兄の真樹さんは、人の悪口を言わない穏やかなタイプ。一方の母親とMattさんは性格が似ており、愚痴を言い合うこともありますが、家族間の自然な会話として受け入れられているようです。
全体として家庭の雰囲気は良好ですが、母親と兄が楽しむ「落とし穴ドッキリ企画」だけは苦手と語るMattさん。3時間かけたメイクが崩れるのが、嫌なのだそうです。
桑田真澄の家族構成は?
桑田さんの現在の家族構成は、本人と妻・息子2人の4人家族。家族を支える妻や、桑田さん自身の活躍について紹介しましょう。
妻はどんな人?
妻の真紀さんは、元JALのキャビンアテンダントで、桑田真澄さんと1991年12月に結婚。家庭を支える中心的存在として、家族1人ひとりの夢や自主性を尊重する教育方針を貫いてきました。家庭内では円滑なコミュニケーションを大切にし、家族全員が自由に意見を話せる環境作りをしたようです。
桑田さんの長男・真樹さんと、次男のMattさんは、それぞれの道を選んで個性を発揮。困難な状況でも家族の絆を強く保ち、桑田さんの現役引退後の進路選択の際は、家族全員で支え合ったと言われています。
桑田真澄は何をした人?
昔から現在まで活躍してきた桑田真澄さんは、何をした人なのかについて探ってみましょう。
KKコンビ
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PL学園高校時代、桑田真澄さんと清原和博さんは「KKコンビ」として注目されました。正確なコントロールと冷静なマウンドさばきで多くの野球ファンを魅了し、1983年と1985年の甲子園大会では劇的な逆転劇や接戦を演出しています。
高校生でありながら、プロ顔負けの技術と精神力を兼ね備えていた桑田さん。甲子園通算成績は20勝3敗で歴代2位に位置し、奪三振や防御率でも圧倒的な数字を残しました。
読売ジャイアンツ時代
1985年に読売ジャイアンツからドラフト1位指名を受け、プロ野球界入りした桑田真澄さん。入団後すぐに才能を発揮し、1986年には中日ドラゴンズ戦でプロ初登板を果たします。新人ながら安定した成績を残し、チームの主力投手として活躍。NPB通算173勝を記録し、1990年代にはエースとしてチームを牽引しました。
ゴールデングラブ賞8回の桑田さんは守備も高評価で、打者心理を読む投球術も支持されています。
メジャー挑戦と引退後
2007年、桑田真澄さんはピッツバーグ・パイレーツでメジャーリーグに挑戦。年齢的ハンデや日本での地位を捨てての挑戦は、野球への情熱と向上心の表れだったと言えます。メジャーで大きな成果は残せませんでしたが、経験は引退後の活動に影響を与えたようです。
引退後は、野球解説者として活躍していた桑田さん。早稲田大学大学院でスポーツ科学を研究して修士号を取得し、教育者としても活動。2021年からは読売ジャイアンツの二軍監督として若手選手の育成に尽力し、戦略面だけでなく精神面のサポートも行なっています。
まとめ
今回の記事では、巨人のエースとして活躍した桑田真澄の息子は何人いるのかを中心に、妻との馴れ初め・家族仲などについて紹介しました。
桑田さんの息子は2人であり、それぞれの道を自分らしく歩んでいるようですね。23歳で結婚した桑田夫妻は幸せな家庭を築いているので、今後のファミリーの活躍に期待しましょう!







